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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)536号 判決

控訴人 中島鉄三郎

右訴訟代理人弁護士 浜本恒哉

同 松尾菊太郎

被控訴人 國

右代表者法務大臣 福田一

右訴訟代理人弁護士 三宅一夫

右復代理人弁護士 橋本崇志

同 山下孝之

右指定代理人 高橋欣一

〈ほか三名〉

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し別紙第一目録記載の建物を収去し、第二目録(B)欄記載の土地を明渡せ。

被控訴人は控訴人に対し別表(1)ないし(8)乙欄の各総額欄記載の各金員及びこれに対応する期間満了の日または支払期日の翌日から完済まで右各金員に対する年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。

事実

第一双方の求める裁判

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し別紙第一目録記載の建物を収去して同第二目録(B)欄記載の土地を明渡し、且つ別表(1)ないし(8)甲欄の総額欄記載の各金員及びこれに対応する期間の満了の日又は支払期日の翌日から完済まで右各金員に対する年五分の割合による金員を支払え(金員請求部分につき請求拡張)。訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴(差戻前及び後)、上告費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに当審における請求拡張部分につき、「請求を棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、仮執行宣言が附されるときはその免脱の宣言を求める旨申立てた。

第二双方の主張

一  請求原因

(一)  控訴人の亡父中島保信は、昭和一六年に、当時の陸軍省に所属する大阪陸軍造兵廠枚方製造所長との間で、戦争の進展に伴い同製造所の設備を強化し、工員を増加するに当り、工員を収容する宿舎とその付属設備を建設する敷地が必要とされたため、三回に亘り別紙第二目録(A)欄記載の土地(以下「本件土地」という。)につき賃貸借契約を締結して、これらを被控訴人に貸与した。

(二)  右各賃貸借においては、その各契約書を以て、「枚方製造所工員の福利施設のために建設する陸軍省直営住宅の敷地及びこれに付随する道路、公園の用地に使用することを以て目的とす。従ってこれ以外の目的に使用することを得ず(第二条)。貸主の承諾を得ずして賃借権を譲渡し又は転貸することを得ず、借主が賃借地上に建設する家屋その他の工作物は貸主の承諾なくしては撤去せずして第三者にこれを譲渡することを得ず(第四条)。軍事上その他正当の事由ある場合に限り借主は本契約の一部又は全部を解除し、又は賃借坪数を増減変更することを得るものとす(第七条)。借主に於て本契約土地を返還すべき場合には賃借地上の工作物を悉く撤去し何らの請求をなすことなくして賃借当時の原状に回復すべきものとす(第九条)。」等の旨が約され、賃貸借期間については、第一回の契約は昭和一六年六月一日より昭和一七年三月三一日まで、第二、三回の各契約は昭和一六年一〇月一日より昭和一七年三月三一日までとされ、各契約期間満了の際双方とも何らの意思表示なきときは、次年度も同一契約を締結したものとみなす、と定められていた。

(三)  右のとおり前記各賃貸借(以下「本件賃貸借」又は「本件契約」という。)においては、その使用目的が限定され、右用途に供する限りに於て賃貸されたのである。従って、右目的に供することを不用とし、あるいは不能とする事態が生じたときは、契約は持続すべき理由を失ない終了すべきもので、これを法的にみれば、右目的に供することが不能等となったときを終期とする不確定期限付契約であり、期限でないとすれば解除条件付契約というべきである。又右目的に供することの不能の事態の発生は契約の履行不能そのものであるから、これによって契約は終了するというべきである。そして本件賃貸借契約は後述のとおり借地法の適用のない一時使用のものと解すべきである。

(四)  賃貸借契約の終了

本件契約は年度ごとに更新されてきたところ、昭和二〇年八月一五日降伏宣言、同年一二月一日陸軍省の廃止、軍事施設の撤廃、枚方製造所の閉鎖を迎えて本件土地を前記契約目的に供することは不能となった。従って、契約は終了したものといわなければならないところ、右事実によれば、その時期は終戦の昭和二〇年八月一五日か、然らずとしても陸軍省、枚方製造所の廃止された同年一二月一日とみるべきであるが、おそくとも平和条約の発効日である昭和二七年四月二八日には契約は終了したとすべきである。

(五)  本件賃貸借は、借地法の適用を見ない一時使用のためのものというべきである。

本件賃貸借は、軍の権力を背景に、大半が小作地であったところを農地調整法の手続によらず小作をとりあげ宅地化して借上げられたもので、到底自由契約と同視しえず、公用徴収にも類したものを感ずる。それにも拘らず、前記のとおり契約目的を限定しているのは単に抽象的に建物所有を目的とする為ではなく、軍施設のみの用途に限り、その用途に必要とする間に限り賃貸借するとのことを明白にしたものであり、また前記約定中には借地法の強行規定にも反する特約等を盛込んでいるところよりしても、借地法の適用になじまない一時使用のための賃貸借というべきである。

本件の最高裁判所の破棄差戻の判決の判断の要旨からしても、本件土地の賃貸借には借地法の適用のないことを前提として、借地法の強行規定と相容れない内容の特約の効力を是認していることが推論でき、破棄理由とした事実上及び法律上の判断に覊束され、これに反する判断をなすことができないのはいうまでもない。

(六)  控訴人の父中島保信は昭和二一年二月三日死亡し、控訴人は家督相続により本件土地所有権並びに本件契約上の地位を承継した。

(七)  被控訴人は別紙第二目録(A)欄記載の土地の一部が同目録記載のとおりに合筆・地目変更等されたものである同目録(B)欄記載の土地上に同第一目録記載の建物を所有しているので、右建物を収去して、右土地の明渡をすべく求めると共に、別表記載のとおり、本件土地のうち被控訴人がかつて占有していた土地及び現に占有している土地に対する昭和二〇年一二月一日から本件賃貸借契約終了までは賃料として、終了後は賃料相当損害金として、各金員の支払を求める。

二  被控訴人の答弁並びに抗弁

(一)  請求原因第(一)、(二)項の事実はこれを認める。第(三)項は争う。第(四)項のうち契約を更新してきたこと、各主張の日に降伏宣言があり、陸軍省廃止、枚方製造所閉鎖となったことは認めるが、その余は争う。第(五)項は争う。第(六)項は認める。第(七)項のうち被控訴人が別紙第二目録(B)欄記載の地上に同第一目録記載の建物を所有していることは認めるが、その余は争う。

(二)  本件賃貸借契約については借地法の適用があり、一時使用の賃貸借ではない。

本件について最高裁判所の差戻判決は、使用目的に関する制限条項が重要な契約の要素となっていることを判示したのみで、本件賃貸借が借地法の適用を受けるか否かの点については何ら判示はなく、右制限条項の解釈については差戻審に委ねられたものであるところ、被控訴人は明らかに建物所有の目的で本件土地を賃借したのであり、その使用目的を限定したとはいえ、その所有建物は戦時中の一時的な使用のための臨時的設備とは到底いえない建物で、しかも陸軍が廃止されるというようなことは予想もしえなかったことであるから、一時使用のための賃貸借ということはできない。従って、前記制限条項に基づき本件賃貸借契約が終了したとする控訴人の主張は借地法の強行規定に反するもので、失当である。

(三)  抗弁

陸軍が使用をやめる場合には本件土地を返還するとの合意があったとのことは本件賃貸借契約の解釈上言いうるとしても、次のとおり、事情変更により使用目的は変更された。

本件建物については、左記順序により連合軍最高司令部の管理下におかれた。即ち、一九四五年九月二四日AG四〇二五号連合軍最高司令部より日本政府に対する覚書により連合軍への引渡準備が命ぜられ、同年一一月二四日戦時利得の除去及び財政の再建についての覚書により一切の不動産等の処分が禁ぜられた。次いで一九四六年一月二〇日AG〇〇四号の覚書により連合軍総司令部の保管及び管理下におかれた。

そして管理は日本政府を介し、日本政府をいわば補助者として実施され、本件建物は日本政府の指令により昭和二〇年一二月一日大蔵省、大阪財務局において管理のため陸軍より引継を受けたのであるが、引きつづいて同年一二月一五日大蔵大臣より「逼迫せる国内諸情勢に即し応急的に之が活用を図るため必要あるときは左により行政処分として一時使用認可の取扱をなすものとす(細目省略)」との訓令を受けたので、土山工員宿舎敷島寮については昭和二一年七月二七日戦災者収容宿舎用として大阪府に一時使用の認可をなし、また須山宿舎と呼ばれている住宅約三六戸には旧枚方製造所の徴用工家族が依然そのまま居住していたが、これら居住者は陸軍より従前住宅を抛棄し、ここに移住することを強く要請されて入居した者が殆んどであり、今更帰るに家なき有様であったから、そのまま居住を認めた。ただ寿湯の建物のみは、国や大阪府ないし枚方市で湯屋を経営するわけにはいかず、なくては付近住民が困るので須山町住民の推せんによる湯屋経営者狩野徳太郎に賃貸した。

その後昭和二三年二月二〇日本件建物は連合軍最高司令部より日本政府に返還された。しかし返還には左記の条件が付されていた。この条件はすくなくとも昭和二七年平和条約の締結までは効力を有していたといわねばならない。

「日本政府に返還されたる糧抹、資材及び施設は国民救済の目的のためであり、日本国民の衣食住を維持するに必須なる限度に於ける日本国民経済を回復し、又は日本政府が連合軍要員及びその付属員の要求を完了するために使用されるのである。

此等資材、糧抹及び施設の使用に当っては右記以外の目的に使用することは厳禁する。」

前記敷島寮、須山宿舎の利用状況は、右返還に伴う条件に適合したものであり、連合軍最高司令部の命令は国内法に優先し被占領地住民をも拘束するものであることはいうまでもない。従って、本件賃貸借が終戦時に消滅するとの見解は採りうべきものではないが、仮にそうだとしても、平和条約発効日の昭和二七年四月二八日までは右返還に付された条件(連合軍最高司令部の命令)により、本件建物は指定された右使用目的に供することを義務づけられ、控訴人もこれに拘束されるものといわねばならないから、本件契約の終了は平和条約の発効日まで停止されるというべきである。

本件賃貸借契約の締結以降予期もしなかった戦争終結、軍隊の解消、枚方製造所の閉鎖等の事態を見たのである。かような場合終戦後の社会的経済的背景を考える時、契約当初使用目的の限定があったとはいうものの、建物所有を目的とする賃貸借であることには違いがないのであって、控訴人たる地主に決定的な不利益を与えない以上信義衡平の見地から契約内容たる使用目的が軍事的なものから、返還時の覚書の趣旨による民生の安定民需の充足という平和的なもの、即ち一般住宅用建物所有を目的とする借地契約に変容させられたとみなければならない。いわゆる事情変更の原則は古くは意思表示の問題ではないとされていたが、近時に於ては意思表示の客観的解釈として考えられ、それも当事者の推定的意図より正しくは平均的意図による危険の分配であるとする考えに移りつつある。本件はまさに右事情変更の原則が適用さるべき最適例であると確信する。

(2) 買取請求権の行使

仮に本件賃貸借契約が終了し被控訴人が控訴人に対して土地明渡義務を負うとしても、被控訴人は控訴人に対して昭和二八年四月一〇日借地法第四条第二項により本件各建物の買取請求権を行使した。行使日の価格は金八五万四〇〇〇円である。従って代金の支払を受けるまでは同時履行の抗弁により本件土地、建物の引渡を拒否することができ、本件土地を不法に占有するものではないから賃料相当損害金の支払義務もない。

(3) 仮に控訴人に建物を収去して土地明渡しを求める権利があるとしても、別紙第一目録記載(3)、(5)、(7)、(10)、(11)の各建物については、控訴人所有の本件土地上にかかる部分が僅少又は建物の一部であるため、その部分を収去すれば、残余建物が無意味なものとなるか、極めて甚大な影響を受けることとなるので、建物の経済的効用等からも控訴人の右部分についての建物収去の請求は、権利の濫用であって許されない。

三  右抗弁に対する控訴人の答弁

抗弁(1)に対し、本件建物が、軍事設備として連合軍最高司令部の管理下におかれ、日本政府の指令により大蔵省の大阪財務局において陸軍より引継を受け、主張の時期より主張の用途に供され、主張の時期に連合軍最高司令部より日本政府へ返還されたことは認める。その返還に際し覚書を以て主張のとおり使用目的が限定されているとしても建物に関してのことであって、その敷地である本件土地の所有権にまで及ぶ趣旨のものではないから、本件土地賃貸借契約の終了は右覚書によって妨げられるものではない。仮に妨げられるとしても平和条約が発効した昭和二七年四月二八日までのことで、それ以後は効力が停止される理由はない。まして、右覚書を契機として被控訴人の抗弁の如く事情変更の原則の適用により本件契約における使用目的が変更されたとすることは、明らかに失当である。本件においては、主張の如き事情の変更と見られるべき事実の発生が契約終了の原因となることを約定しているのであるから、これを適用すべき余地はない。

抗弁(2)に対し、買取請求権行使の抗弁は、本件契約が借地法第九条の一時使用のための賃貸借であり、本件契約第九条にこれに反する特約をしている点よりしても、右抗弁は失当である。

抗弁(3)に対し、建物の一部を収去しても、それによって得られる更地の利用価値が周囲の状況からして無に等しいにも拘らず、その収去によって建物の存立に決定的な影響を与え建物所有者に莫大な損害を与えるというが如き場合ならともかく、そのような状況にない本件において建物の一部収去により残余部分に影響を生ずるからとて権利濫用とすることは当らない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第(一)、(二)項の事実は当事者間に争いがない。この事実に《証拠省略》を併せ考察すれば、昭和一六年二月頃枚方製造所は、同所工員の宿舎と附属設備増設のため、本件土地及びその附近の土地を借り入れることとなり、当時の同製造所長中村一夫は、同所の職員をして各地主に交渉させたところ、控訴人先代中島保信外一名以外の地主は貸与をたやすく承諾し、その土地を借り入れることができたが、中島保信外一名は、土地の貸与を大体承諾しながら、土地の転貸、賃借権の譲渡、契約解除、坪数の増減変更をする場合等の点につき意見の一致を見なかったので、引き続き折衝を重ねた結果、当時被控訴人国が土地を借り上げる場合の書式は、乙第二号証の土地借上契約書と同形式のものであって、他の地主との契約条項は右契約書どおりであったが、控訴人先代中島保信は、右契約条項よりも中島側に有利な請求原因第(二)項記載の約定で枚方製造所に賃貸することを承諾するに至ったこと、右契約の締結を見るに至るまでの間、控訴人先代中島保信らは、右契約条項の確保に固執したため、軍の威令にさからうものとして、交渉に当る枚方製造所の職員より強圧的態度を以て臨まれ、当時本件土地を含む附近一帯につき中島保信が代表者となり施工を計画していた土地区画整理も、右契約条項に固執しつづけ素直に借上げに応じないときは、これを妨げる旨圧力をかけられた事情もあって、中島保信は、右条項を含む本件賃貸借契約を結ぶについては、軍の権力に抗する意味で、右条項に特に意をとめたものであることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

二  右認定事実によれば、本件契約における土地使用目的の限定は、当事者間においては重要な契約の要素とされたものと解すべきであって、当事者双方は、右使用目的のために賃貸し、その目的のために使用を必要とする限り存続させるが、その必要が消滅したときは賃貸借契約を存続せしめず、終了させることを合意していたものというべきである。本件契約締結当時、敗戦その他による使用目的の消滅が具体的に考えられず(もっとも、現代における戦争の常として、それが数十年の永きに亘るなどということはなく、その帰結の如何は別として、早晩終結するものと一般に考えられていたことも、経験則上疑いのないところである。)、従って存続期間の定め(本件契約における前記一か年毎の定めは、国の会計法規上の必要から画せられたものと見るべきである。)は特に短期の一定期間としたものではなく、被控訴人国が本件地上に所有する本件建物も臨時仮設的設備とはいえないけれども、右使用目的に本件契約の命脈をかからしめたことは、借地法の法定期間や、期間満了時における契約の終了を正当事由によらしめるとする等の法的保護によることを不要とすることを意味するものとみるのが相当であり、なお、その外本件契約第九条の如く借地法第四条第二項の強行規定に反する合意をしているところ等よりしても、本件賃貸借契約は借地法第九条の一時使用のための賃貸借と見るべきであり、本件契約で限定した使用目的に供することを不能とする状況が生じたときは本件契約は終了するとの解除条件を付したものと解することができる。この点に関する被控訴人の主張は採りえない。

三  ところで被控訴人は、本件契約第二条の使用目的は、事情変更により変更を加えられ、通常の建物所有を目的とする賃貸借となった旨抗弁するところ、《証拠省略》によれば、終戦後本件建物は軍事設備として、被控訴人主張((三)抗弁の(1)の項)の如く連合軍最高司令部の保管及び管理下におかれ、日本政府を補助者として管理せられ、主張のとおりに使用されてきたこと、その後昭和二三年二月二〇日日本政府に返還されたが、連合軍最高司令部の覚書を以て被控訴人主張の如く使用目的が限定されていたことが認められるが、右覚書に基く使用目的の限定は、占領政策の具体化として日本政府及び国民に法的義務を課し拘束するものではあるが、本件賃貸借契約の内容を直接変更する効力を持つものではありえず、本件契約においては、本来被控訴人のいうその事情の変更と見られる事実の発生を契約の終了原因として特約しているのであるから、被控訴人主張のように事情変更の原則の適用により本件契約の使用目的についての特約が変更されたとすることは、到底是認しえない。

四  昭和二〇年八月一五日終戦を迎え、同年一二月一日軍制廃止により陸軍省が消滅し、枚方製造所が閉鎖されたことは当事者間に争いがない。従って、本件土地を本件契約における使用目的に供することが不能となったことは明らかである。

しかしながら、前項記載の覚書により日本政府へ返還されて後も本件建物を覚書の趣旨に従って利用すべきことは日本政府及び国民に対し課せられた法的義務であるから、本件建物の敷地である本件土地の使用権原たる賃借権を消滅せしめることも右覚書の趣旨に抵触するものといわねばならず、したがって、本件賃貸借契約の解除条件の成就による終了を主張しうるのは平和条約の発効日である昭和二七年四月二八日と見るべきである。

五  右のとおり本件賃貸借契約は昭和二七年四月二八日を以て終了したとすべきであるから、被控訴人は亡中島保信の相続人である控訴人に対し本件建物を収去して後示のとおり本件土地の一部である前記(B)欄記載の土地を明渡すべき義務があるところ、被控訴人は、本件建物の買取請求を借地法第四条第二項によりなす旨抗弁するが、前認定のとおり本件賃貸借は一時使用を目的とするものであり、これに反する特約(契約第九条)もしているから、この抗弁はは採用できない。また、別紙第一図面の如く、別紙第一目録のうち(3)、(5)、(7)、(10)、(11)の各建物についてはその一部が本件土地にかかる(このことは当事者間に争いがない。)ため、一部収去について建物の保存上困難な事態の生ずることが予測されるが、その原因は複数の土地に跨らせて建築したことにあるのであって、いま控訴人がその一部敷地の明渡を受けても利用価値として見るべきものがなく、その一部明渡が控訴人に実質上何らの利益をもたらさず、それによって被控訴人や居住者に損害や苦痛を与えるのみであるような場合であるとは認められないから、右一部収去明渡の請求を権利濫用とするのも当らない。

六  賃料、損害金について、

前認定のとおり本件賃貸借契約は昭和二七年四月二八日終了したのであるから、控訴人は、昭和一六年以降本件土地を占有して来た被控訴人に対し、右終了時以前は賃料、以後は賃料相当損害金の支払いを求めることができるものというべきである。そして、本件土地につき別紙第二目録の「合筆等の経過」欄記載のとおりの変遷があったことは被控訴人も明らかに争わないからこれを自白したものとみなされるところ、この事実と成立に争いのない乙第三号証の一中の各土地の賃料単価及び面積の記載とからその比率を計算して推認すれば控訴人の求める昭和二〇年一二月一日から昭和二七年四月二八日までの本件土地に属する各土地の賃料単価及び各期間における総額は少なくとも別表(1)ないし(8)の乙欄記載のとおりと認められる(計算上総額が請求額をこえるものは、請求額の限度で記載した。なお別表(6)の土地については、昭和二一年三月二三日控訴人がこれを他に贈与したことはその自陳するところであるから、賃料もその前日までの分を記載し、さらに、別表(8)の土地についても、これが農地として買収され売渡処分がなされたことは争いないところ、その買収処分のなされた日を特定するに足る資料がないので、その前であることが明らかな自作農創設特別措置法施行の日である昭和二一年一二月二九日までの分に限定して記載した。が控訴人主張のように、右限度をこえる額であったことはこれを確認するに足る証拠はない。また、《証拠省略》によれば、同月二九日以降の右各土地の賃料相当損害金の単価及び各期間における総額(昭和五〇年六月一日以降の分については各月毎の損害金総額)は少なくとも右乙欄記載のとおりであることが認められ(る。)《証拠判断省略》そうすると、控訴人は、被控訴人に対し、右乙欄の各総額欄記載の賃料及び損害金並びにそれに対応する期間の満了の日又は支払期日の翌日(これが弁済期の後であることは、賃料、損害金であることから明らかである。)から完済まで右各金員に対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができるが、右をこえる支払いを求めることはできないといわなければならない。

七  以上のとおりで、控訴人の本訴請求は、建物収去、土地明渡及び前記の支払いを求めうる部分の賃料、損害金を求める限度で理由があり、その余は失当というべきものであるから、右と異る判断により控訴人の請求を全部棄却した原判決を変更し、控訴人の建物収去、土地明渡及び右の限度での金員支払いの請求を認容し、その余の請求は当審における拡張部分をも含めてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用し、仮執行の宣言については、本件はこれを附するのが相当でないものと認めて、これを附さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 林義雄 楠賢二 裁判長裁判官喜多勝は、退官のため署名押印することができない。裁判官 林義雄)

〈以下省略〉

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